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4歳のわが子の気持ちに感動

木曜日, 12月 19th, 2019
Kimberly Bonioli KimによるPixabayからの画像

嬉しいエピソード

子どもを寝かしつけている時でした。

娘「○○ちゃん(自分のこと)のこと好き?」

と聞くので、「好きだよー」「娘ちゃんが寝たら、かわいい寝顔をパパとママでいつも見てるんだー」

と言うと、突然ひっくひっく肩を揺らしだして

娘「ママ、何月まで生きていられるの?ママは、大事な人だからあ~~~~」

と言って泣き始めました。

娘「だって、ママはいっぱい遊んでくれるし、ぎゅーしてくれるし、かわいいって言ってくれる~~(´;ω;`)」

私「ママはおばあちゃんになるまでずっと生きてるから大丈夫だよ」「だけど、ママが死んじゃったらどうしようって思ったんだね」「ママも小さいころ、ママのおばあちゃんが死んじゃったらどうしようって考えてたよ、ママのおばあちゃんはママのことたくさんお世話してくれたからね」

まだ4歳のわが子がそんなことを言い出すのか、娘にとって私は大事な存在になれて本当に良かったと、嬉しくて感激して私もしばらく涙が出てしまいました。

娘「ママ、私が寝てからも近くにいてね~?」

私「ママはむこうで勉強してから寝たいなあ、この間受けたテストで一科目落としちゃったから、また勉強しなきゃいけないんだ、11時になったらまたここにくるからね」

そして娘もしばらく肩をゆらしていましたが、ぎゅーしながら添い寝していると寝てしまいました。

これまでの努力が報われた気がした

正直なところ子育てって授乳したりオムツ変えたり、遊びの相手したり、けっこう私にとって苦労がたくさんあって、いつ終わるの!?と思ったことも何回もありました。

子どもが生まれたとき、どうしたらいいの、接し方は?なに話せばいいかわからない、かわいがるだけでいいのよ、かわいがりってどうやるの?母性がないんじゃないか?わが子を愛しているのだろうか?みたいな感じでずーっと今まで悩み苦しみはありましたが、そんな私が、わが子が4歳でようやく暗いトンネルを抜けたかのようです。

今は、子どもの遊び方がこちらが理解できるものになってきたので、もう子どもと遊ぶことがそんなに苦痛ではなくなって、楽しくなってきたところです。

今ならかわいがりが大事で、どうやってかわいがるかもわかっています。

ここまで来るまでに何もしなかったわけではありません。人に聞いたり、本で調べたり自分自身の育ちが原因の苦しみについても癒したりしてきました。

そういう大変だったけど頑張ったことが報われたんだなって、本当に良かったです。

『あなたは人生に感謝ができますか?』の忘備録

土曜日, 6月 8th, 2019

こんばんは、るーるーです。

私は最近、メンタリストDaigoさんの動画をニコニコ動画で見始めました。

最初はユーチューブで見てたんですが、メンタリストDaigoさんは本を読むのが好きで、圧倒的な情報量を動画で配信してくれるので、それを実践してみて私の日常生活の質がアップしていると実感しています。

最近気になった『あなたは人生に感謝ができますか?』という児童精神科医である佐々木正美先生の本をメモしていきたいと思います。

この本は著者が77歳の時に書いた、著者初の人生論となっています。

第1章(老年期)

第1章で言いたいことは、人生に感謝して満足に人生を終えるには、エリクソンのライフサイクル・モデルの順番通りに各時期の危機的課題を解決していくことが必要、ということです。

エリクソンのライフサイクルモデルではだいたい56歳以降を「老年期」と呼ぶ。老年期のテーマは「人生の完成」つまり、「人生への感謝」が問われる。

人生への感謝=自分への感謝=家族や友人、周りの人への感謝

著者が人生に感謝できるのは、著者の両親が、著者にあふれるほどの愛を注いでくれたことが出発点。

第2章

第2章ではエリクソンのライフサイクル・モデルの説明です。

エリクソンのライフサイクル・モデル~人間はどのような道筋をたどると健康で幸せな人生を送れるのかというモデル。8段階に分かれている。各段階の危機的主題(そのテーマを解決しないと人生に危機が訪れる)を書いてみます。

  1. 乳児期(0~2歳) 人や自分を信じられるか
  2. 幼児期(2~4歳) 自律性を身につけること。セルフコントロール
  3. 児童期(4~7歳) 自主性、積極性、主体性、目的性をはぐくむこと
  4. 学童期(7~12歳)勤勉性の基礎づくり。友達との様々な共有経験
  5. 思春期・青年期(13~22歳)アイデンティティの形成
  6. 成人期(23~35歳)親密性を持つこと。家族や同僚との結びつき
  7. 壮年期(36~55歳)世代性を生きること。引継ぎと引き渡し
  8. 老年期(56歳~)人生の統合、人生に感謝ができるか。

発達に飛び級はないが、みせかけの前進はある。その場合は問題が起きたりして、必ず後でやりなおさなければならなくなる。

最も重要ななのは最初の乳児期のテーマである。人生のつまづきは、ほとんどはスタートの所で起きている。最初つまづくと人生が困難になりやすい。

第3章(乳児期)

第3章で言いたいことは、一番重要なのは子どもが生まれて約2年間。乳児期の課題(信頼)をみんなが解決できるようになれば、人はもっと幸せに生きられる。母の役割の人と子の結びつき(愛着)が何より大事だが、そのために母親ができること、周りの人ができることはどんなものがあるか。

人や自分をどれくらい信じられるか、が乳児期のテーマ

乳児期のテーマは、お母さん(母親的な人)をどれくらい信じることができるか。

相手を信じることと自分を信じることは表裏一体で、人を信じられないのに自分は信じられるという人はいない。

自信とはひそかに、自分の存在を誇りに思うことができるという気持ち。

パパが子育て中やることはママのサポート

赤ちゃんの心から考えると、母の役割と父の役割ははっきり違うので、母親と同じことを父親がやるのではなく、母親が育児の主役をしっかりできるように父親がサポートする、というのが良い。

母親への信頼感はどうやって築かれるか

母親や、母的役割の人ができること

  • 母親への信頼感は、お母さんが子どもの望みを叶えてあげることによって作られていく。泣けば来てくれ、世話をしてくれる、理想を言えば、すべての望みに応えてあげるのが一番。もう自分でできるからいい、というまで応えてあげる
  • 子どもがはいはいしているとき、母親がはいはいしてあげると子どもは喜ぶ。子どもの反応に同調することが大事。赤ちゃんの声や様子にいい反応をすればするほど、子どもの情緒的な表現が豊かになっていく→「自分」ができてくる
  • 生後6か月から2歳くらいまでは、赤ちゃんが振り返ったらいつも母親が自分を見ていてくれたという安心感を与えてあげることが大切
  • 見捨てられることへの不安や抑うつ感情の気持ちは育てないようにする

誰にでもできること

  • 身近に赤ちゃんや子どもがいる方(親でも見知らぬ人でも)は、笑いかけたり、喜ばせてあげよう。そうすると喜びの分かち合いが起きる。そうすれば、私たちの社会に信頼の芽が増えていく。 社会のためにも自分の喜びにもなるので是非やってほしい
  • 身近に小さなお子さんがいる方は、その子と母親が最初の2年間、むすびついて過ごせるように支えてください

赤ちゃんだって喜びを分かち合いたいし、喜びを分かち合える子は、悲しみも分かち合えるようになる。

いじめを防ぐには

  • 乳児期に親が子を喜ばせ、子が喜んだのを見てそれを自分でも喜ぶという育児をすること
  • まわりの大人が子どもにほほえみかけること

精神医学者ロバート・エムディは非行や犯罪に走ってしまった子は、生後6か月から1歳半までの育てられ方に最も大きな共通点があった、と研究報告した。

育児はこの世で最も価値のある仕事だ

著者は、次の時代、次の世代につながる仕事が価値のある仕事だと考えている。

育児は負担だという風潮はおかしい。本当は育児は楽しくて嬉しくなるものなのに。

子が生まれて2年間が本当に大事

信頼は絶対音感と同じで、後で得るのは難しい。だけど、手遅れだとしても最善を尽くそう。基本的信頼の不足は、理想は母親に受け止めてもらう体験をやりなおすのがよい。

第4章(幼児期)

第4章で言いたいことは、幼児期の危機的課題は「自律性の獲得」であり、自律性はこの時期に最も豊かに育つということ。そして自律性の育て方が書かれている。

自律性=自分で自分の衝動を律する。何をするか自分で決める

自律性のある子は、外ではいい子で、家ではだだっ子。母親は、家庭で子どもを受け入れて、安心して好きなことが言えるようにしてあげてほしい。

園でルールを守れない子は、家庭で基本的信頼を感じる相手を持っていないので、先生たちがそこからやりなおして、徐々にしつけを教えることが必要。大変ですが、大切。

自律性を育てるには

  • しつけとは、子どもに大人の文化を教えていくことだと著者は思う
  • しつけで最も大事なのは待つこと。ただ教えて、待つ。
  • 教えたことを子どもがいつやるかは自分で決めさせてあげると自律性が育つ

他者との関係の中で生きるのが私たちの健全な生き方。精神分析のハリー・スタック・サリバンも言っている。「人間は人との関係によって人間になる」とワロンも言った。

子どもをいじめっ子にしないために

  • 親子で喜びや悲しみを分かち合い、本当の意味でコミュニケーションをすること(乳児期と幼児期のテーマ)
  • 親を信じ、自分を信じるこころを育てること
  • 幼児期に大切なのは、待つこと。子供の育ちを信じて待つ→すると、子ども親を自分を信じるようになり自律性が育つ(衝動を抑えられるようになる)

もしわが子がいじめられていたら

まず学校を休むこと。

いじめがおこなわれるようなひどい教室に行く必要は全くありません。そこに豊かな人間関係はないでしょう。その子を守ってあげてください。

第5章(児童期)

だいたい4歳~7歳のテーマは、「自主性」(積極性、目的性など)であり、この時期に一番重要なのは、遊び。

「遊び」が育ててくれるものとは

子供は遊ぶのが仕事だというのは、本当のこと。

  • 探求心
  • 実験的に活動する力
  • 創造力
  • イマジネーション(想像力)

最近は、大人が介入しないと遊べない子供たちが増えているが、大人が見張りすぎず、子どもが自分から遊べるようにすると、子どもはもっと健全に育つ。

どんな遊具が良いのか

ピアジェや、他の発達学者たちが言うことには

  • 遊具に最初から意味があるようなものより、子どもが遊び方や使い方を自由に想像しながら遊べるようなものがよい
  • 完成された市販のおもちゃではなく、布切れとか気の切れ端とか
  • すぐには達成できないような遊びができるもの
  • 少しケガをするくらいの遊びがないと、その後危険を避けることができない

この時期によく遊んだ子はどうなるか

  • 将来、努力できるようになる
  • やりたいことを見つけ、目標を設定できるようになる

この時期よく遊べなかった人はどうするか

子どものころ存分に遊べなかった子がニートになったりして苦しむ。目的は幼いころから両親や先生や友人関係の中ではぐくまれるもの。大人になってから一人で見つけるものではない。

自主性や目的がもてない場合は、この時期のテーマを生きなおすこと。

  • 好奇心を持って、探求心を持って遊ぶこと。自分の限界を超える目標を設定し、工夫して乗り越えること
  • 想像力や創造力を使う活動をして、自分にはできないことにとりくむ
  • 失敗や挫折をしながら工夫を学ぶ

第6章(学童期)

第6章では、7~12歳ごろのテーマ「勤勉性」について。小学校時代に友達と良く遊び、コミュニケーション能力を鍛えることがいかに重要か、ということ。

勤勉性を獲得するには

  • 小学生時代に同世代の仲間と、道具知識体験共有する
  • 友達に何を教えるか、何を学ぶか、は質より量に意味がある
  • 自分と違うタイプの友達が数多くいた方が幸福
  • 休み時間に友達と仲良く、いきいきと過ごせるかどうかが、社会人として落ちこぼれないためには重要
  • 学校が終わったら習い事ばかりしていないで、友達と遊ぶ時間を大事にする
  • 一人でゲームを楽しんでいたのでは、人とのコミュニケーションがない

教科学習は、いつから始めても遅くはなく、むしろ早すぎると悪いくらい。学童期は勉強より、人間関係の中で育つものがあり、それが不可欠と言っていいほど大切。

自閉症の子、発達障害の子には違う考え方をする

自閉症の子は、理解ある少数の友達の中で自分のペースで活動した方が社会的に適応する。

自閉症療育の専門家、ゲーリー・メジボス教授は

「自閉症の人は自閉症の文化を持っている。私たちとは違う文化を持っているが、だからといって差別や排除をしてはいけない。文化の違いを認識しなければ、この人たちを適切に療育も教育も、支援もできない」

と言っている。

勤勉性というテーマを解決できなかった場合

  • 「会社が合わない」と言って、会社で健全な人間関係が築けず、すぐやめてしまう
  • 意欲も知識もあるが、豊かな交わりがなく、学びあうことができない

会社で健全な人間関係を築き、仕事を続けるためには

  • うまくいかないとき、同僚に相談
  • 上司にも、相談、質問を平気でする
  • 上司もむやみに叱らず、いろいろ教えてくれる
  • コミュニケーションが大事

※私るーるーの経験では、私の職場では、上司や同僚がすでにコミュニケーションがあまりできる感じではなかったと思います。コミュニケーション能力がみんな総じて低くなってきているとしたら、相談や質問をしてもあまり温かな回答は返ってこないかもしれません。そういうときにでも、助け合える仲間を探そうと努力すれば、いい方が見つかるかもしれません。

※年配の方になるにつれ、コミュニケーションを積極的にしてくれる感じが実感としてはありますが、昔は子どもも多かったですし、近所に友達がいて遊べたのでコミュニケーション能力が高まったのかなあ、と、ここら辺の文章を読んでいて思いました。でも現在は少子化で、本当に子どもが少なくなったと感じます。そういうときに、子どもをいかに友達と遊ばせるか、これから悩むことになりそうだなあと感じています。

第7章(思春期・青年期)

第7章で言いたいことは、13~22歳のテーマである「アイデンティティ」について。価値観の合う仲間や先生を見つけ、深く付き合い、そこから自分の適性を見出し、進路につなげていくことが大切。

アイデンティティとは、自分はこういう人間なんだと知ること。他人にどう見られているかを意識すること、と言っても良い。自分を客観的に見ること。

思春期・青年期の子どもは・・・

  • 現実的な将来の夢を考え始める
  • 鏡を見て容姿を気にする
  • 仲間と言う鏡を見て、自分の内面も気にする
  • 自分はどんな人間か、信じることは何か、自分の価値、長所、能力を知る
  • 同時に弱点や短所も知らなくてはならない
  • そして、自分の適性は何か自覚していき、進路が決まり職業選択ができるようになる
  • 鏡になるのは、価値観が合う仲間、思想、信条、主義、主張があう友達、尊敬する先生
  • 友達付き合いが深く狭くなっていく
  • 共通の目標を持って社会的な活動や文化的な活動、芸術的な活動をする
  • 何か始める人は始めるが、始めない人は自分を見出しにくく、つまづきにつながっていく
  • 親子の会話は少なくなるが、喜びを分かち合えることが大切(言葉の会話がコミュニケーションの全てではない)。親が作ったご飯を子どもが食べて幸福を感じていることを親も喜んでいる、というようなこと

著者が、ジーレンガーの『ひきこもりの国』を読んで

日本の若者を韓国や中国の若者と比べてみると・・・

  • 中国の学生には、日本の学生にない学ぶ意欲がある(講義の後の質問時間に質問が終わることはない)
  • 各国の高校生を調査した結果によると、「自分に満足している」と答えたのはアメリカ41.6%、中国21.9%、日本はなんと3.9%であった。出典は、財団法人日本青少年研究所『高校生の心と体の健康に関する調査』
  • 「自分の優秀さを親が評価している」はアメリカ91.3%、中国76.6%、日本は32.6%
  • 日本の母子は愛着の形成が希薄ではないか、と書かれている。愛着とは、子どもから見ると、「自分はこの人に無条件に十分に、そして永遠に愛される」という実感をもとにして抱く、特定個人にたいする感情
  • ひきこもりとは、思春期・青年期だけの問題ではなく、乳幼児からのつまづきだという指摘がされている、日本を良く知る外国の方から指摘された事実は重い

ひきこもりの人はコミュニケーションに絶望している

ひきこもりとは、家族を含めて、周りにいるすべての人とのコミュニケーションに絶望した状態

時代とともに子育てが変わり、ひきこもりが増えたんじゃないか

かつての社会では、

  • お母さん一人で育児せず、家族や地域の人間関係の中で子育てをしていた
  • 母親にとって、子どもを育てることが喜びだった
  • 母親は父親に、子どもが良くないことをしたときも言いつけたりしなかったから、母親には包み隠さず何でも言えた
  • 子どもに喜びを与えることが親の喜びでもある、という関係性が基本的信頼の支えになっていた

ひきこもりへの対策としては

  • 親子や家族で興味を持てる行事や活動を探して、喜びを分かち合う
  • 子どもの趣味を親がともに楽しむのも良い
  • 家族や友達と喜びや悲しみを分かち合う
  • コミュニケーションをし続ける、そして自分を見出していく

※私るーるーの感想です。私は、中学時代は仲間と毎日過ごしていたけど、高校では勉強だけやっていればいいといわれ、部活もテストの点が下がるので辞めさせられ、毎日つまらない授業を聞くだけで、特に仲間も探せず、すごくつまらな高校生活を過ごしていました。大学に入ってからも、「自分とはなんだろう」という悩みはあったものの、どうしたらそれを解決できるのかわからず、ただただ時間が過ぎたという感じでした。この佐々木正美先生の本を読んで、価値観の合う仲間を作ること、自分が大切にしている価値観は何なのかを十分検討することの大切さを知りました。

第8章(成人期)

第8章で言いたいことは、23歳から35歳のテーマ「親密性」について。
人間の本当の幸福にとって、人と親しくすることが重要だということが書かれています。

成人期のテーマ「親密性」とは~親密な関係を持つことによって社会に価値を生む力をより強くする、ということ。価値を生み出す力は親密性によって高まる。自分自身を丸ごとかけられるくらい信頼できる相手を見つけるには、人とだんだん親しくなることを続けることが大事。

相手を信頼する→同じくらいの信頼が返ってくる

相手に不信感→同じぐらい不信感を持たれてしまう

親密さが生み出す価値とは

どれくらい親しくできるかが鍵であり、「親しさ」そのものにも価値がある

  • 良い仕事ができて、働いている人も満足感がある
  • 仕事に誇りが持てる
  • 良い家族ができる
  • 精神的に満たされ、幸福度が増す

親密性が失われてストレスが癒せなくなってしまった現代

人間関係が、人生を幸せに生きるためのポイント。

OECDの2005年の調査では、日本は世界一孤立性の高い生き方をしていることが判明した。出典:Society at a glance : OECD social indicators 2005 edition

自由に、自分勝手に生きてきた結果が世界一孤独な国

自分が生きることに一生懸命になるのはいいのだが、自分が生きること「だけ」に一生懸命になってしまうと不幸になる。

アメリカの精神科医であるサリバンが言うように、「人間の本当の幸福は、人間関係の中にしかない」のだから。

孤立は成人期のつまづきだが、その解消方法は

孤立を解消するのは「親しさ」。その方法は、

  • 人と話すのはわずらわしさもあるが、努力して関係を続けていくうちに、喜びが少しずつ増え、自分をかけることのできる相手が見つかる
  • 人間関係の中でくつろぐ努力をすること
  • 幼いころからのつまずきがある人は、わずらわしいというより、人を信用できなくて孤立していることがある。この場合も、人間関係を築きなおすこと

第9章(壮年期)

第9章で言いたいことは、36歳~55歳(今の日本の社会に対する目安ではないから、何歳からと考えなくてよい)のテーマ「世代性」を生きることについて。受け継いだものを実践し、工夫し、次の時代のために力を尽くすと壮年期の幸福につながる。

壮年期のテーマ「世代性」とは

  • 前の世代の人からその文化を学び、継承し、後の世代に受け渡すこと。こういう生き方ができたとき、幸福な壮年期を過ごせる
  • 研究者なら、先行研究を学び、そしてまだ誰も研究していないところを確認してそこに自分の研究課題を見出すこと
  • 引き継いだものに、何を上乗せし、あとに残せるか
  • つないでいくものは物理的な財産ではなく、精神的・文化的・人的な遺産が良い(例:子どもを産み育てること。年下の人に様々なものを渡すこと、よその子どもを育てる助けをすること、次の命がすこやかに生きていけるような社会をつくること)
  • 人間関係の連鎖、世代性のなかで、倫理が生みなおされ継承されるが、世代間のつながりを失った社会では倫理はほろびていく

祖父母が両親のする育児に口出しをしなくなってきたことが示しているもの

  • 踏み込むことに遠慮している。遠慮するということは、それほど親密ではない(仲良くない)ということ
  • 関係が疎遠になり、役立つはずの子育ての知恵が伝えられない

祖父母と両親が親しい時に、祖父母は孫と親しくなれる。

祖父母と親しく過ごした孫は、祖父母に尋ねたり、親に尋ねたり一人でできるようになっていく。そして祖父母や両親から引き継いだ倫理を自分で守れるようになっていく。

佐々木正美先生が思う、人間として一番大切な役割

人間として一番大切な役割は、次の時代を生きる人のことを考えながら生きることだと思っているんです。次の時代の人がより幸福に生きやすくなるように何かを残すことこそが価値ある生き方や仕事ですよね。

『あなたは人生に感謝ができますか?』佐々木正美著 p240

まとめ:幸せな人生のためには

人間関係に悩んだ時や人生の転機をむかえたとき、このエリクソンのライフサイクル・モデルが必ず役に立つ。

幸せな人間関係をつくるために必要なのは、こころをかけること、こころを使うこと。お金でも時間でもなく、人間関係こそが大事。

そのためには、家族を信じ、友達を求め、人の中でくつろぐ努力をすることの積み重ねで幸せが生まれる。

親を許して感謝できるようになったら、力が湧いてきた

土曜日, 1月 19th, 2019

こんばんは、るーるーです。

今、私の子は3歳ですが、妊娠していた時は親と仲が悪く、絶縁も考えているような状態でした。

そんな私でも、親との文通や自分の言いたいことを言えるようになったことなどを経て、現在は親との関係がとても心地よいものとなっています。

そして、親との交流を深めていくうちに、ついに、親に対して感謝の気持ちを持てるようになりました。

(喧嘩している時は、親に感謝する日なんて来ないと思っていたのに)

今回の記事では、私の経験を踏まえて

  • 親に感謝できるようになった過程
  • 感謝できるようになったら何が変わったか

について書きたいと思います。

いつから親に感謝の気持ちを持てるようになったのか

親に感謝の気持ちを持てるようになったのは、親を許せるようになってからでした。

親を許せるようになるまでには、2つのポイントがあると思います。

1つ目のポイントは、「自分の意見をきちんと親に伝える(特にノーということ)」ということ

以下に詳しい説明を書きました。

  • 親に言われて嫌なことは、「それは嫌だ」「子どもだからって何でも言っていいわけじゃない」「それは受け入れられない」「私はお母さんのものじゃない」など、自分がそれを言われてどう感じたか、嫌だと思ったら、きちんと嫌だと言うことを徹底していました
  • 親が何か決めつけてきても、聞き流すんじゃなく、「私はそんなこと一言も言っていないのに決めつけられると嫌だ」「それはお母さんが思っていることでしょ、私はそんな風に全然思ってないよ」など、違うことは違う、私はこう思っている、と伝える
  • 母に父の愚痴を聞かされるときは、「それだったら、こうすればいいよ」とアドバイスしたり、「お母さんはどうしたいの?」と母が主体的に行動できるように質問して一緒に考えたりをしました。(本で読んだコーチングのやり方がとても良さそうだったので、なんとなく取り入れています。これからコーチングに関してももっと勉強したいです)
  • 親が私の子どもに対して嫌だなあということをしている時も、きちんと自分の考えを言うようにしました。例えば「こうすると、好きだけど、こうして言うことを聞かないと嫌いだ、という条件付きの愛の接し方をするのはあまり良くないので、「じいじは、こうしてくれたら嬉しいな、とか○○しないと風邪をひきそうで心配なんだよ」とか気持ちを伝えるようにして欲しい」と伝えました

2つ目のポイントは、自分に対して完ぺきを求めるのをやめることができたこと

以下にそれまでの経緯を書きました。

  1. 私も子育てで親にされたような嫌なことをしてしまいそうになったり、実際には親ほどでなくても似たようなことをしてしまったりすることがありました。そういうとき初めは「親があんなことしたからだ」と親のことも、同じことを繰り返してしまう自分も責めていました
  2. 「でも、親もその親の子育てを真似するしかなかったのだ、それしかやり方がわからないのだから」と考えるようになりました
  3. 「私も子供に対してしてしまうこともあるかもしれない、だけどなるべく悪い連鎖は食い止めよう、私の子育てで、少しでも悪いところが少なくなればそれでよしとしよう」と、完ぺきを求めるのをやめて、自分に対してあまり責めないようになっていった
  4. 自分に対して完ぺきを求めるのをやめると、親に対しても「親にダメなところがあってもしょうがない」と思えるようになって、逆にいい部分を見つけようとする気持ちが出てきた
  5. いい部分を見つけようとすると、「親のこういうところは良くないけど、こういうところはいいなあ」とか「これは真似しよう!子育てにも活かせるぞ」とか親を冷静に見れるようになって、親のことが今までよりも良く分かるようになった
  6. 親の悪い部分も良く分かりました。これからはもし親の悪い部分が出てきたとしても、それに対して自分がどう思うかを言えばいい、とわかりましたので、親からの嫌な発言などは全く怖くありません。親に影響されることもあまりなくなったと思います
  7. 親の良い部分はどんどん真似しよう、こういうところはいいよね!ってどんどんいい部分が見えてくる
  8. そして、いい部分ばかりに注目できるようになってきて、そうすると親との関係も今までよりももっと良くなってきました。親に何か頼んだりしない方がいいと、昔は思っていたのが、現在は親に必要なことは頼めるようになりました

ここまでのまとめ:

親に、きちんとノーを伝えると、親の傍若無人な態度が改善された。

自分に対して完ぺきを求めるのをやめたら、親を許せたし、さらに親のいい部分をもっと見ることができるようになった。さらに、自分が生きることや子育てが楽になり、夫に対しても寛容になってきた。

完璧主義をやめることができた理由

  1. 自分が完璧じゃなくてもいいや、完璧な人なんていないし、と思えた
  2. 完璧主義だと人にも自分にも厳しくて人間関係があまり良くならないし、自分も苦しいから。他人にも自分にとっても良くないなあと思ったから
  3. 子どもは、幸せに過ごせたり、楽しく過ごせる人生を送ってほしいと考えたから。なぜなら、完璧主義であることは、幸せや楽しさから遠ざかってしまうポリシーだと実感したから

「親も悪いところはその親から受け継いできたんだから、親がすべて悪いわけじゃない」

と、親や自分のあまりよくない部分についていい意味で諦めがついたんだと思います。

「誰も完璧な子育てされてないんだから、完璧な人なんていないよね、それなのに、私は完璧な子育てをしようとしている。完璧なんてこの世にはないのかもしれない。だからそんなに神経質にならなくてもいい、変えられる部分だけ変えればいいし、自分ができる範囲でいいんだ」

と、自分に対して優しくなれたんです。

以前、病んでいたころの私は完ぺき主義でしたので、自分にも人にも厳しく、とても生きづらさがありました。

だけど、今目指している子育ては、

いかにできるようになるか、どれくらいできるのか

というできるできない、という価値基準ではなく、

いかに楽しく過ごせるのか、どれだけ幸せを感じて生きられるのか

ということを私は大切にしようと思っています。

だから、「完璧主義は、自分や家族、周りの人を全く幸せにはしない」

ということに気が付きました。

それで完璧主義をやめることができたんだと思います。


親に感謝する気持ちとはどのようなものか(私が感じた「感謝」の気持ち)

親に感謝できた時のストーリー

すごく感謝を感じたのは、この間親と私とわが子でスキーに行ったときです。

父は、スキーが得意なので、私も3歳のころからスキー板をはかされ、教えてもらっており、けっこう大人でも怖い急な斜面を滑っていたそうです。

父は、私の子にもスキー板を買ってくれ、そして3歳のわが子を抱っこして、真ん中に抱え、スキーの滑る感じを教えてくれました。

私は父とわが子の後をついていき、どんなふうに教えればいいのかな、とか学ぼうとしていました。

父は、私にしてくれたように、わが子と一緒にスキーを楽しんで教えていました。

斜面のふちの所に行って、下を見ながら

「今からここを降りるよー」

「高いねー」

などとお話ししながら、少しずつ降りていきます。

今だから父はすごい!とわかりました。

私は自分一人でもスキーで滑るだけで精いっぱいなのに(まあまあ滑れるのですが)、子どもを抱っこしてなんて、危なくてちょっとできないなあと思ってしまいます。

夫もまあまあスキーは滑れますが、子供を間に抱っこしながらなんて無理そうでした。

父は汗だくになりながら、子供にスキーを教えてくれました。

父はけっこう体を鍛えてる方なのか、筋力があるほうです(60歳は超えています)。

そいうところを見て、

「私にできないことをやっている!男だからできるということでもないのに、父はできるんだ!」

とすごく尊敬することができました。

ただ、肉体的にできる、というだけでなく、

孫に教えてあげたいからお金も払うし、大変だけど頑張ってくれる

その気持ちがとても嬉しいなと思いました。

こういうところを真似したいです。

母は、膝が痛いから、ということでスキーはしませんでしたが、リフトの近くで待ってくれてたり、休憩所で待ってくれていたりしました。

そして孫に声をかけてくれたり、私のちょっと重いマザーズバッグを持ってくれていたり、スキー用品を運んだりとかしてくれました。

ただ待っている人がいるというだけで、いざという時も大丈夫だなあと安心感があります。

わが子も、親しい人がたくさんいてくれた方が楽しそうです。

親への感謝の気持ち

家に帰ってから寝る前に今日のスキーのことを思い出していたら親へのありがとうの気持ちがわいてきました。

感謝の気持ちが今までなかなか持てなかったので、せっかくだからこの機会に書いておきたいと思います。

  • 私のこともこんな風に育ててくれたんだね、ありがとう!
  • スキーを教えてくれたのは、楽しいのもあるけど、冬に体を鍛えるためだったんだね、ありがとう!
  • 年をとった今も、一緒にスキーに行ってくれてありがとう!もうスキーはやめようかなと思っていたけど、また子どもと一緒にやってみようかな
  • アイスバーンだとケガするから、そういう固いところとか、雪があまりないところでは滑らない方がいい、とか色々教えてくれてありがとう!
  • ただ待っているだけでも、心にゆとりが生まれます。一緒に来てくれてありがとう!
  • すごく大変なのに、孫と一緒に滑ってくれてありがとう!
  • 私にはできないことができるかっこいい父であってくれてありがとう!
  • 私やわが子のためにご飯代を出してくれたり、服を買ってくれたりしてくれてありがとう!
  • 寂しいなと思ってた時もあったけど、頑張って働いてくれてありがとう!

親に感謝できたら、自分もこともすごいぞ!と思えるようになってきた

「こんなにすごい親に教えてもらってきたんだから、私もすごいに違いない」

そんなふうに思えるようになってきました。

親を許していない時は、まさに孤軍奮闘しているイメージで生きていました。

誰にも頼っちゃいけない、迷惑をかけちゃいけない、がんばらなきゃいけない。

など○○すべき、○○しちゃいけない、ということばかりで自分を追い詰めていました。

こんなふうに一人で何もかもしようとするのは無理だということに気が付きました。

でも、今の私はなるべく

「○○しちゃいけない、○○すべき」

という考え方をしないようにしています。

「どうしたら楽しく、どうしたら幸せを感じられるか」

ということの方が大事になったからです。

親に感謝できるようになった今は、

  • 親のいいところが全部自分の中にあって
  • 親も私を応援しているんだという実感が持てて
  • こんなに素晴らしい親の子どもなんだから大丈夫!

と思えるようになりました。

自分の中から力が湧いてくるような感覚があります。

だから私は大丈夫だって思えるようになりました。

生まれてきた喜びを子どもが教えてくれる

火曜日, 1月 15th, 2019

2019年が始まりました。

今年も私るーるーのブログを、よろしくお願いします。

3歳のわが子を見ていて思うことがあったので今日はそれを書いていきたいと思います。

生まれてきてよかったな、ということが誰でも今まで色々あったと思う

ひどい虐待を受けたり、そういう経験のある人は

「生まれてきて良かった」

なんて思わない人もいるかもしれませんが、

かなりひどい例を除けば、みんな

「生まれてきて良かった」

ってことが生きているうちに色々あったんじゃないかと思います。

ただ忘れているだけで。

例えば私みたいに、まあまあの毒親に育てられて、いつのまにか

「あー、生きている意味ってなんだろ」

と思うようになったとしても、子供のころ、いろんなことに感動していたと思うんです。

それは今わが子をみていて思いました。

この世界に「生まれてきて良かったね」と思う時

わが子が

  • 新しいものを発見して感動したり
  • 目をキラキラさせて何かやってみたり
  • おいしいものを食べて幸せそうだったり
  • 抱っこしたりして人の温かさを感じて幸せそうだったり
  • この世界の色々なものと出会いを楽しんだり

つまり、この世界のものと意欲的に関わったり、体験して良い気持ちになっている時

ここに生まれてきて良かったね!って子供に対して思うようになりました。

「私が生まれてきたことも良かった、もっとこの世界を楽しもう」って思えるようになった

もう既にこんな風に私の考え方が変わってきていますが、

今までの病んでいたころの自分は

  • 自分は、働くことを通して何者かにならなければ!と思っていた
  • 「いかに自分が優秀であるか」ということをみんなにわかってもらわなくてはいけない、気がしていた
  • そしてその証拠を仕事においての自分の立場に求めていた
  • 専業主婦は仕事をしていないし社会貢献をしていないという理由で?軽蔑していたところがある(母も「仕事をしていることが偉い」と言っていた。母の好きな言葉は「自立」であった)
  • 遊んでばかりいるのは良くないこと→遊ぶのはあまりいいことではない、というイメージができていた

こんな感じだったと思います。

自分で規範を作り、そこに当てはまらなければならないので、とても堅苦しく、苦しかったと思います。

生きることを楽しもうと思えるようになったのは

  • わが子がいつもいつも何かに夢中だったり感動しているところを見て、「私もこんなふうに楽しめばいいんだ」と思えるようになった
  • 子育ての苦しさを感じたので、本をたくさん読み、自分の中にあった苦しみの元になるルールを見つけて、そのルールから自分を解放しつつある
  • メルマガや、動画などでよりよく生きるヒントを勉強

このような感じで、子供を育てることによって自分がよりよく生きられるようになっていることは確かです。

まとめ きちんと向き合うと子育ては素晴らしい

子育ては、それは自分の苦しみにぶち当たることもあるのですが、その問題にきちんと向かい合うと、自分がより幸せに生きられるようになったり、自分のためになります。

そして自分がよりよく生きられるようになると、子供もそれを真似していくので良い連鎖が起きてきます。

私はまだまだ子育てを通して成長途中ですが、本当に自分の未熟さを感じます。

だから偉そうに言えないのですが・・・

子育ては、嫌な自分にもきちんと向き合っていくと、本当に学ぶことが多いです。

みんなが子育てできるように、子育てを応援する社会にもっとなっていったら、幸せな人がもっと多くなっていくと思います。

そのために私には何ができるか考えてこれから実行したり、ブログで書いたりしていきたいと思います。

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

戦争を体験した人は、戦争ほどばからしいことはないってみんな言う

火曜日, 8月 7th, 2018

こんばんは、るーるーです。

私が子どもの頃、とてもよく面倒を見てくれた遠い親戚のおじいさんは、もう93歳になりました。

山の中の自然の中で、今もそのおじいさんは暮らしていますが、久しぶりにおじいさんに会いに行きました。

昔、良い経験をたくさんさせてくれたおじいさんに、ありがとうと言いたかったし、今どうしているのかな、と思ったからです。

久しぶりに会いましたが、ちゃんと私の事覚えてくれていました。

昔と変わらない優しい話しぶりにうるっとしてしまいました。

そのおじいさんが話してくれたこと

「戦争ほどばからしいことはないよ」

「東京の大空襲のとき、そこにいたけど、東京が一瞬でなくなってしまったことを見て、これほどみじめなことはないよ」

って話してくれた。

あと

「天明の大飢饉のときに建てられたこの家をそのまま残していこうと思ったんです」

って。

そんなに大きくはない家ですが、お庭もしっかりしていて、仏壇や家の柱もとても太く、風格を感じるおうちにおじいさんは住んでいます。

おじいさんは、そういう昔の人が想いをもって作った家を大事にしているんだなあって、人の事を大事にしているおじいさんらしいなって思いました。

うちの亡くなったおばあちゃんも、そのおじいさんも戦争の話をする

お世話になった遠い親戚のおじいさんと私が会う機会は、もうそんなにないんじゃないかと思います。

そういう時に、おじいさんが話したことは戦争の事だった。

何よりもまず、戦争の話だった。

それくらい、おじいさんが私たちに伝えたいことなんだと思った。

うちのおばあちゃんも、年を取るにつれて、戦争の話をたくさんするようになった。

もう自分に残っている時間が少ないってわかってから、生きてる人に伝えたいことは、戦争だけはしないでほしいってことなんだなって、今わかりました。

子どもや人を大事に、いつも愛を与えられる人になりたい

遠い親戚のおじいさんは、遠い親戚にも関わらず、私や弟の面倒をよく見てくれました。

今でも、おじいさんは、グリーンツーリズムの農家の宿をやったりして、子どもたちに色々教えているそうです。

おじいさんの話しぶり、優しい表情などから、本当に人を大事にして、人に愛を与えていることがわかります。

愛を与えるというか、相手の存在をそのまま受け入れているような感じですかね。

 

また、あふれる愛で人を満たすような人をもう一人見つけました。

大学の先生なのですが、子どもに対しても、親に対しても、誰に対してもすごく優しく、その存在を受け入れているような人です。

落ち込んでいる人にははげまし、自己肯定感が低いような人には、たくさん注目してほめてあげたり、誰の事も拒否したりしません。

 

私が生きてきた中で、人に対してこんなに愛を与えられる人は、この二人ぐらいしかいませんでした。

ギスギスとして今の社会で、すごく珍しい、すごい人たちだなあと思いますが、私も、まだまだ修行が足りないですが、こういう人になりたいです。

おばあちゃんと日記【幸せな時間を書く】

火曜日, 5月 29th, 2018

こんばんは、るーるーです。

私のおばあちゃんは、もうなくなりましたが、私たちが実家にいる間は、私や弟の事を毎日、日記に書いていたみたいでした。

自分の事を日記に書かれるのが嫌だったので「書かないで!」なんて抗議したこともありましたが、今、自分が子育てしてみて、日記に書き留めておきたい気持ちがわかるようになりました。

なぜ子どものことを日記に書くのか

  • 子どもって、ちょっとしたことに感動したり、いつも楽しそうに遊んでて、その様子を見ているとこっちが幸せを感じるから、こんな幸せを感じた時間を忘れたくなくて
  • 子どもや、私の親や家族と過ごす時間は限られていてとても貴重な時間だと感じるようになったから
  • 私自身の人生を後から振り返ったときにこれらは、大切にしたい思い出だから(日記を書いておかなくても覚えていられる人もいるかもしれませんが)
  • あとで子供に「小さい時はこんなふうだったんだよ~」と教えてあげるため

今私の子は2歳ですが、とってもかわいいことを言うんです。

「ママ、おばあちゃんにならないでー」

「おばあちゃんになったら、私が本当のママに戻してあげる!」

とか、

「ママはかわいいから、ママにやってもらいたい」

とか言うんですよ嬉しいです。

大切な人と一緒にいる時間が有限だと感じるようになった理由

子どもが生まれてからあっという間に成長するのを目の当たりにしたからです。

赤ちゃんのハイハイの時期はもう帰ってこないし、後追いの時期はもう終わりました。

その変化のすさまじさに驚いていて、多分、小学校に入るころには「お母さんより友達」になりますよね。

おしゃべりができずに子どもと意思疎通ができないときは、なぜ泣いているのかわからず、すごく辛かったのに、子どもが「ママー」って言って甘えてきてくれる今の時間が限りある貴重な時間だなと感じます。

子どもの「今」はもう本当に今しかなくて、1週間後にはまた別の事を言い出したり、やりだしたりどんどん変化していきます

このような子どもの姿を見ていて、「ああ時間は有限だ」と実感することができたのです。

子どもとの時間も貴重だとすると、私自身の親や夫との時間も貴重ということになります

親とは離れて暮らしていますので、ときどきしか会えません。

親と一緒に過ごせる時間はあと何日あるんでしょうか。

たくさん孫を連れて行ったり、来てもらったりして、なるべくたくさん思い出を作っていきたいと思っています。

思い出を作るってことは、お出かけすることが全てではない

素敵な思い出になる、素敵な瞬間は、大切な人との日常に沢山あるのだということを私は子育てで学びました。

  • 大切な人が話した内容
  • 大切な人のしぐさ
  • 大切な人が、どういうときにどんな顔をしているか
  • 一緒に何をしたのか
  • 一緒に何かを食べるときに、どんな幸せや楽しいことがあったか
  • 一緒に時間を共にしたこと

これらをよく見て、感じるようにしていると、嬉しいな・幸せだなという感覚が増えていくと感じています。

じいじが、孫と接する時に嬉しそうだったこととか、ばあばが孫を抱きしめているときとか、子どもがじいじやばあばを好きになっていくところを見ているとすごく嬉しいです。

こどもが周りの人と関わっていくことで、みんなが笑顔になっていきます。

 

大切な人と一緒にいる時間、これが生きている喜びではないでしょうか

私は子どもが生まれるまでは、「自分自身が何かを成し遂げなくては」とか「すごいと思われている職業につかなくては」とか「何か人のために仕事がしたい」とか「良い思い出は特別なところに行かないと作れない」と考えていたような気がします。

そんなふうに考えているときは、いつの間にか生きているのが苦痛になっていました。

ですが、今私が重視しているのは「生きているのが楽しいこと」です。

もう、特別なことをする必要はないと感じています。

生きているのを楽しむには、大切な人のことを良くみて、関わり、その一瞬一瞬を楽しむことだと思うようになりました。

 

まとめ

おばあちゃんが私たち孫の事を日記に書いていたということは、おばあちゃん自身も私たちを過ごした時間を幸せだと感じてくれていたということだと思います。(もちろん、生意気や言うことを聞かなくて困ったことも書いたかもしれませんが)

おばあちゃんが亡くなってから、「おばあちゃんが私たちと過ごした時間はどうだったんだろう」と考えたら、私たちが実家にいるうちは良かったんじゃないかなと思います。

実家を出てからはどうするべきだったか、そこまではまだ考えていません。

実家を出てからは、実家に帰省する度、お小遣いをくれたり、「そんなかっこで寒くないか、あったかくしろよ」といつも言っていました。

時々手紙も書いてくれたので、少し文通もしました。

おばあちゃんが、私たちを可愛がってくれたことをとてもうれしく思います。

そして、「そういう愛をわが子にも伝えていきたいな」と思うのです。

 

 

2歳半の子どもの様子と遊び方。おしゃべりが上手になってきて可愛い

金曜日, 5月 11th, 2018

こんばんは、るーるーです。

今日は、わが子はこんなことをしゃべってました。

うちのこは、お風呂上りに即行、はだかのまま、

机の上にあったしまじろうのサンドイッチ屋さんで遊びだし、

私がお風呂上りにいつもの保湿クリームをわが子に塗ってあげようとしたら、

「今いそがしいから、はやくしてね」

などと言っておりました!

そこまで言えるようになったのかあ~と嬉しくにやけてしまいました(^^♪

 

それと、もう友達を叩いたりすることはなくなったみたいです。

以前、友達を叩いてしまうので困っていたのですが、そのとき、強く言い聞かせてしまったからかわかりませんが。。。

友達が近づいてくると、

「いいよ♪」

と言って、まだ何も言われてないのに、使っていた場所やおもちゃを貸してしまうのです。

他にも、

「友達がたくさんいるからそっちには行きたくない」

なんて言うことも多くなって、友達との関わりを少し慎重に考えすぎちゃっているのかなあと思っています。

最初に、強く言い聞かせすぎちゃったかな、と反省です。

 

それと、もう一つ、子どもが成長したなあと思うことがありました。

遊びに行ったとき、大きな柔らかいブロックを、私が「こうしたら子ども面白いかな」と思ってつなげてあげたら、

「そうすると良くない」

なんて主張しました。

言い方も可愛いんですが、今までは何も言わずに遊んでいたのに、私に対して

「そうじゃないんだ」

ということを言えるようになったのかあ!

自分でやりたいことがあるんだね!

と嬉しくなりました。

 

最近「ちゃれんじぽけっと」4月号を始めたが、くいつきがいい

毎日、4月号についてきたおもちゃの「サンドイッチ屋さんセット」で遊んでいます。

メニューもついてくるので、色々な中から選んで、

「これがいいな」

と子どもにお願いできますし、

「なーにつくる?なにつくる?」

とDVDで見た歌を歌いながらサンドイッチを作っています。

チョコが入っていたピンクの小さなビニール袋を

「これラップね!」

と言ってサンドイッチの箱にかけたり、そのサンドイッチボックスをもって

「ピクニックに行くの♪」

と言ったり、色々遊びの幅が広がっています。

 

また、はさんでできたサンドイッチを包丁で切って、切る遊びも楽しいようです。

2歳半。わが子の最近の遊び方まとめ

  • ちゃれんじぽけっと四月号のサンドイッチ屋さんセット
  • サンドイッチボックスをもって、レジャーシートの上に行きピクニック
  • レジャーシートを体に巻き付け、結婚式で見た花嫁さんのまね
  • 布団をプールに見立てて、プールごっこ
  • 毛糸のラーメンでラーメン屋さんごっこ
  • 毛糸の麺でやきそばやさんごっこ
  • クックルンごっこ
  • 自分の子(うさぎちゃんのぬいぐるみ)が鬼に食べられそうになったので鬼を倒す遊び「ママは鬼ね」と言って役割をふってくれる
  • 消防車(赤い箱)に乗って、家の中の火事現場に行き、「ジャー!」と消してくれる
  • 「私赤ちゃん」と言って赤ちゃんのお世話をされるのを待つ(もう2歳半なのに、私の愛情が足りないのだろうか・・・と心配になるので、以前よりもっと伝えるようにしています)
  • レゴブロックでダンス教室ごっこ
  • ダンスの先生になりきる
  • 絵本。最近のお気に入りは「かいじゅうぞろぞろ」「そんなことってある?」「ふわふわうさちゃん」
  • タカラトミーのアニマルアドベンチャー?シートの上を、清掃車と郵便車で走り回る
  • ねんど(まるめたのをティッシュで包んで、押しつぶしたりしたので、使えなくなりました)
  • ジャングルジムでおうちごっこ

他にもいろいろあるのですが、大きく分けるとこんな感じです。

一日子どもに付き合うのは疲れるけど、子どもは喜びをくれます。

子どもに感謝です。

↑なぜか、このビニールシートを体に巻き付け、花嫁さんのドレスにしているw動物を動かすというより、道を車で走るのが楽しそうで、トミカの清掃車と郵便車(うちにはまだこれしか車がない)でサファリパークみたいなでこぼこみちを走っているw

↑この絵本は、色々な文房具が怪獣になってしまうという空想上のお話である。「マルカキチラス!」とか言葉が楽しいみたい。それに人が沢山いて、人がそれぞれいろんなことをしているのを見るのが楽しいみたいです。

↑うさちゃんで話してあげると喜ぶ。うさちゃんと会話して、「私、もう寝るね!おやすみ!」とうさちゃんが言うと(私が声を変えて言う)「おやすみなさい、うさちゃん、また明日ね!」みたいなこととかを色々子どもがしゃべってくれる。

↑家族でその辺をマラソンしてくる話。日常の風景(昭和の町の様子に感じる)の中で、人がどんなことをしているかが描かれているので楽しいみたい。子どもは「赤ちゃんがベビーカーにのってるよ!」とか話してくれる。

疲れを取るための対策【ストレスによる精神的疲労を軽減するには】

日曜日, 5月 6th, 2018

こんばんは、るーるーです。

私は鬱で休み始めてから疲れやすくて困っていまして、以前の記事「私がいつも疲れていたのは生活不活発病だったと思う」https://ikiruimi.xyz/2018/02/08/post-417/

にも書きました。

前回は、肉体的な疲労について書いたのですが、今回は、精神的疲労について書きたいと思います。

以前よりも活発に動いているにもかかわらず、育児をしていて疲れることが多々あり、困っているので調べてみました。

精神的疲労は、ストレスが原因

マイナスのストレスに強くなれば、精神的疲労も少なくて済みそうです。

マイナスのストレスの原因はいくつかあるのですが、「Life&Mind+」というサイトに分かりやすくのっていました。https://life-and-mind.com/stress-tolerance-method-568

マイナスのストレスの原因をすべて見たい方は、このリンクで「Life&Mind+」のサイトで見てみてください。

この記事では、心理的なストレスについて書きます。

心理的なストレスは

  • プレッシャー
  • 自己否定
  • マイナス思考
  • 葛藤
  • 無力感
  • 執着

などがあるそうです。

なんと、自己否定やマイナス思考のせいでストレスになり、それで精神的に疲れるということがあるんですね。

ものごとの捉え方を変えれば、ストレスに強くなります

ものごとを肯定的にとらえれば体はいい反応をして、否定的にとらえれば体調は悪くなりますし疲れます。

ストレスを価値ある意義のあるものだと捉えるだけでも、ストレスに強くなったという実験もあるそうです。

物事を肯定的に捉える方法

  • 自信を高める(必要な知識やスキルを学ぶ、小さな達成を積み重ねる(決めたことを達成する)、体力気力を高める)
  • ストレスな出来事を意味のあるものと捉える
  • ストレスを感じていることに気づく(原因を明確にし、対処する
  • 失敗や辛い出来事を力に変える(失敗から得たものもあったのではないか、いいこともあったのではないか)
  • やりたいことや、なりたい自分などの目標を持つ人はストレスが少ない(どうなりたいのか、いつ誰とどこで何を達成したいのか、達成すると何が得られるのか、どうしてそうなりたいのか、現状はどうか、達成するために何が必要か。これを明確にする)
  • マイナスの思い込みを変える(心理学NLPではこれを制限のビリーフと呼ぶ。思い込みを変える記事については、「Life&Mind+」のサイトを参照してください。まだ私も見ていないのです)
  • 自己重要感を高める(高めるには、自分のいいところを紙に書きだす、やると決めたらやる、小さな達成を積み重ねる、毎晩自分のいいところ成長したところ、学んだことを紙に書きだす、自分をほめる、ねぎらう、感謝する)

ストレスに強くなる方法

  • 冷たくない水をこまめに飲む。水でデトックス。
  • 睡眠の質が、すごーく重要。いい環境でリラックスして眠る。睡眠時間も確保
  • 深い呼吸をいつも心がける
  • 適度な運動で、心理的に明るくなれる
  • からだを温める
  • 元気な時の姿勢や表情などをイメージし、実際にそうしてみる
  • 脳が心地よさを感じている状態にするために、好きな映画、ドラマ、漫画、音楽、おいしいもの、好きな場所などに行ったり、聞いたりする。脳が心地よさを感じている状態にすることが重要
  • 1日15分の瞑想と感謝をする
  • 自分の時間をとって、未完了の事や、我慢していること、やりたいことなどをする
  • 人を思いやるとオキシトシンがでて、ストレスに強くなる

まとめ

精神的な疲れは、ストレスのせいだったんだ(ずっと集中しているから疲れる神経疲労は別にして)とわかっただけでも、気が楽になりました。

ストレスをマイナスに捉えるかプラスに捉えるかによっても、疲れに影響するんですね。

つまり、疲れないようにするには、

  • マイナスに考えない
  • 自己否定しない
  • 失敗してもそこから学ぶ姿勢

そういう物事に対する考え方を変えていく必要があるんですね。

常に脳が快を感じるように、意識してみたいと思います。

子育てで自己嫌悪とかしていると、余計疲れるということがわかったので、子育てでうまくできなかったら、失敗することもあるさ、と自分に優しくして、子どもには「ごめんね、ママイライラして言いすぎちゃった」と謝ればいいのではないでしょうか。

自分の人生にちゃんと参加しているかが大事

木曜日, 2月 22nd, 2018

こんばんは、るーるーです。

タイトルの「自分の人生にちゃんと参加しているかが大事」ということなんですが、

自分の人生に参加しているっていう言い回しは、わかりにくいですよね。

言いたいことは、「何気なく、人任せに、誰かに振り回されたりして、受け身的に毎日をすごすのではなく、自分が主体的に目の前の事に関わっていく姿勢が大事

ということなんですが、タイトルが長くなりすぎるかな、と思ったので短い言い方にしてみました。

自分の人生に主体的に関わっていくこと。これが大事だなと思ったきっかけ

実は、今日見た夢がきっかけでした。

ただの夢なのにそんなに意義をもたせなくても・・・という人もいるかもしれませんが、今日見た夢は、目覚めた後、「何かを理解した」「何か夢で教えてもらったな」という感じがしたんです。

これを夢じゃなくてリアルで活かせばいいかもしれない!と思って、あとでブログに書くためにメモしておきました。

夢の内容

私は実際高校の時バスケをやっていて、それまであまりうまくなかったのに高校で開花して、一年生のころから、スタメンで試合に出させてもらっていました。

今日の夢は、バスケの試合の夢でした。

バスケの試合で、私が主力メンバーの一人なのにもかかわらず、私は試合に参加せず、どこか体育館内の他の場所に行って、試合の事をきにかけつつも、しらんぷりして、「まあ、私がいなくてもなんとかなるでしょ」という感じで歩いていました。

「あとで試合に参加すればいいや」と思ったりもしながら、ぐだぐだしているうちに、試合が終わってしまいました。

このときに、私は、なぜ参加しなければならない試合にでないで、人任せにしているのだろう、そして自分は試合している周りをぐだぐだ歩いているだけで、何をやっているのだろう。と思いました。

それで目が覚めたのですが、その夢と同じように、私は日々、本当は自分が主体的にかかわっていった方がいい人生に対して、少し無関係な立場を装っているように思いました。

まさしく、夢で、自分の試合に出ず、ぐだぐだ遠くから見ていた私の状況は、今の自分の生き方と同じだと思いました。

何かいつも環境のせいにしたり、他の事があるからしかたない。みたいな感じで日々を受け身で過ごしていました。

だけど、そういう生き方で終わってしまったら、何をやっているんだろう。と私が死ぬときに後悔してしまうと思います。

まとめ

本当に、自分に起こっていることに対して、もっと自分から!主体的に!行動したり、発言したり、考えたりしたほうがいいと、夢に教えてもらいました。

鬱になってから、良くなってきた今までずっと、なんだか自分の事なのに、自分には関係ないみたいな、本意ではないけどまあいいか、みたいな感じで、日々をやり過ごすだけだった気がします。

そういう自分の人生に対するスタンスが、友達に「何考えてるかわからない」とか「ふわふわしてて、地にちゃんと足がついてない」とか言われる原因になってたのかもしれません。

よく、心理系のサイトを見ていると、「自分のことに責任を持つことが大事」!とか書かれていることがありますが、その時はその言葉の意味が実感できなかったけれど、それはこういうことなのか!と実感した感じです。

自分のことに投げやりになったり、あきらめたりせず、自分がどうしたいのか、どういう結果を望んでいるのかを考えて、願いにつながる行動や発言や考え方をしていくことが大事ですね

 

私がいつも疲れていたのは生活不活発病だったと思う

木曜日, 2月 8th, 2018

こんばんは、るーるーです。

腰痛で、整形外科に行っていたときに、生活不活発病についてのパンフレットを見つけました。

生活不活発病とは

「”生活”が”不活発”」になることで全身の機能が低下する病気です。

「障害保健福祉研究情報システム」HPより

動かないと体がなまることは、わかっていたのですが、筋肉が衰えるだけでなく、内臓の機能まで低下してしまうそうです。その結果疲れやすくなります。

さらに、うつ状態になったり、周囲に無関心になったり、脳の機能まで衰えてしまうそうです。

私が疲れやすくなった原因はズバリ生活不活発病だと思う

子を産んでからとても疲れやすくなったと感じました。

健康な人でも、生まれたばかりの子を世話するのには毎日1時間ごとに起きたり、睡眠不足や母乳をあげたりで疲れるといいます。

でも私の疲れた感じは、ホントに、脳の機能が低下しているような、いつもぼーっとしてやる気が起きないような感じがここ最近まで続いていました。

疲れやすくなってきた時期からだんだん元気が出てくるまでの過程

  • 鬱で仕事を休み始めてから、子を産むまで、ほとんど家で引きこもり、ソファに座りながらゲームしたり、すぐ眠くなって寝たり、朝も12時ごろまで寝ることもあった。
  • とにかく、外に出たくなかったので、歩きもせず、やることがないから、やりたいことがないからと言って、家にいて、運動はほとんどせず。
  • 夫と一緒に散歩やジョギング。夫がマラソン大会に出るというので、一緒に外に出てみようと思って少し夫についていった程度
  • 家にいるとき、ながらで運動できないかと考え、エアロバイクを購入。しばらく、時々続ける
  • ベイビーステップというテニスのアニメをテレビで見て、やりたくなって、テニス道具一式購入、夫と休日はテニスをしにいったりする
  • 子を妊娠して、おなかが重くて辛いので、家にいるときはずっとゴロゴロ。だけど、旅行に行ったときは頑張ってたくさん歩く
  • 子が生まれてからは、しばらく、子と一緒に寝る・おっぱいあげる・おむつ替え、起きてもご飯かゲームで、生活はまた不活発に。
  • 子を抱っこしてどこかにいくのが、辛いと感じて、あまり外にでず。
  • 子が歩けるようになって、やっと色々外に連れ出す。外では自分も歩くのでリフレッシュ。いい気分になる。
  • 子どもが2歳の今でも、子どもを着替えさせて外に連れて行くのは結構大変。イヤイヤもあったり。だけど、外に行くとイライラしないし、気分転換になるし、私が楽しいし、子どもも楽しそう。支援センターに行ったり、遊び場に行くと子どもも良い刺激を受けていると感じる。なので、できるだけ外に連れ出したい、という気持ちに。
  • 腰痛で行った整形外科でリハビリを受けていて、筋トレなども継続できている。
  • そして、趣味でダンスも始めたり、体を動かしたい気持ちになった。

このような感じで、最近、だんだん元気になってきております。

特に妊娠中と子育て初期には、生活が不活発にならないように注意

よく、妊娠中はよく歩いた方がいいとか言われますが、こういう意味だったのかもしれませんね。

子どもが生まれたら1か月はあまり動けないから、体力をためておけよ、という。

疲れやすくなると、やる気も起きないし、うつも悪化する悪循環

動かない→疲れやすくなる→さらに動かなくなるのが、生活不活発病なので、生きる意味について考えて、生きる意味なんてないや、と思う前に生活を活発にして頭を元気にしてから生きる意味について再び考えてみる必要がありそうです。

鬱だからといって、ずっと動かないでいると、たぶん治らないと思います。

鬱の時でも、楽しそうなこと・楽しくはなさそうだけどやってみてもいいかと思えたら、少し連れ出される感じでもいいから、外にでて動いてみることが大事だと思いました。

 

まとめ

これからは、どんどん体を動かして、元気になっていきたいです。

家では筋トレ、ダンスの練習、子どもと体を使って遊んだり。

外では、子どもと一緒に走ったり、散歩したり、なるべく自転車を使ったりですかね!

それではまたノシ