るーるーのプロフィール
【HN】るーるー
【出身】福島県(現在も福島)
【性格】より良いものを目指す職人タイプ・型にはまらないタイプ・頑張り屋、と夫が言います
【経歴】旧帝大卒業後、公務員、現在は専業主婦で子育て中
【趣味】ブログを書く、本やネットで子育てを学ぶこと
【目標:家庭】子供や家族が幸せを感じられるように、考え方を身につける
【目標:ほしいもの】素敵な家を建てる
【音楽】コブクロ、うたの☆プリンスさまっ♪、宮野真守、マイケルジャクソン
【映画】ミッションインポッシブルシリーズ、マイノリティリポート、インセプション、マトリックス、アイランド
【子供の教育に利用しているorしていたもの】ちゃれんじ、家庭保育園、DWE(ディズニーの英語)、市販の〇歳用ドリルなどの冊子いろいろ
※プロフィールの書き方は、アマツカゼさんのプロフィールを参考にしました
アマツカゼさんのブログはこちらhttps://usccocks.com/
ウキウキして入った公務員を退職しました
みんながより良く生きていけるようにお手伝い頑張るぞー!!
と、意気込んで仕事を始めました。
退職した理由
- 職場の機械的・表面的な付き合いに疲れた
- 保守的な現場なので「やりたいことをやるまでに一体何年かかるんや」と思った
- 職場に対する期待とのギャップが大きい職場に希望を持てなかった
- 公務員は年功序列で、職務内容とは関係なく年齢とともに給料が上がっていくシステムなので、自分と同じ仕事内容で、年齢が高いというだけでたくさんもらっている人がいるというところに疑問が生じた
- なぜか職員みんなが病んだ目をしていて暗い
退職した後は
しばらく自分の指針を失い、やる気が出ず、死にたい気持ちで生きる意味について考えたり本を読んだりしていました。
- 生きる意味ってなんだろう、とずっと答えを探す日々
- 何をやるにも意味を感じられず、やる気が出ない
- 家事もほとんどせず、家でゲームをすることが多くなっていた
- 運動もほとんどしない、夜中まで起きている、夜に間食をしていた
- そのためか、アトピーになってしまった
子どもができる前から、現在まで
子どもを望む周囲との葛藤
結婚もしていたので、夫は子供が欲しいと言っていましたが、自分が幸せでないのに子を作るなんて罪だと思いしばらくそういう気分にはなりませんでした。
しかし、ずっとこのままでは夫に申し訳ないと思う気持ちもありましたし、また子供が欲しくないなんて自分はどこか病んでいるのだなと思い色々調べているうちに「アダルトチルドレン」「毒親」などと自分が関係があるということがわかりました。
親との対決
- どうやらアダルトチルドレンらしい自分を癒す作業をしたり
- 親に、今までされた嫌だったことなどを手紙に書いてしばらく文通を続けました
- 電話や直接話すのは一切拒否していた時期がありました(親が感情的になって、結局解決にならないと思ったからです)
- 親の反発もかなり大きかったですが、私が毅然とした態度で親に気持ちを伝えていたためか、ついに親の反応が変わってきました
それと、旦那がだんだん優しくなってきたこともあり、少しずつ新しい命を生み出すことに対しての嫌悪感も少なくなっていきました。
妊娠中は不安と同時に、幸せな気持ちも感じることができた
妊娠中は、親と文通をして、思いを伝えたりして、嫌な気持ちになったり、親の態度に怒りを感じたりしていることもありました。
しかし、妊娠中に夫が、今までにはなかった優しさを発揮してくれて、とても幸せを感じていた記憶もあります。
また、東京への旅行では、電車で若い男の人が、おなかの大きい私に席を譲ってくれるなど、
「この世界も捨てたものじゃない!」
と思える出来事もありました。
不安だった出産
逆子が治らず、帝王切開での子の誕生となりました。
初めての赤ちゃんとの最初の生活は病院で数日過ごしましたが、その病院の方針で母乳育児に力を入れてました。
- 母乳を飲ませる前後に体重計で赤ちゃんの体重を計る
- 母乳なので赤ちゃんが1時間ごとに起きておっぱいを欲しがる
- 帝王切開なので点滴をされていて、手が使いにくくなっていてお世話しにくい
こんな感じで、全然休めないまま、無事退院となりました。
子供が産まれてからの生活
子供が産まれてからは、子供中心の日々が始まりました。
今までの生活とは全く異なる生活です。
夜に子どもが起きて泣くので、連続して休むことができなくて寝不足の日々が続きました。
しかし、それは「日中に子どもと一緒に昼寝する」
というスキルでなんとか対処してきました。
初めは自分の生活リズムが狂い、好きなことが何もできない!と、とまどいました。
子どもと一緒の生活で、生きる意味の答えが仮になくても安心して生きていけるようになった
こんな生活でも、子供が産まれる前にはわからなかった生きる意味があり、それに感謝しています。
- 「赤ちゃんを生かすために私がお世話をする」
という自分がいなければならない理由が初めに見つかりました。
そして、最近だんだん思うようになってきたのが
- 「ただ子供の顔を見ているだけで幸せ。わが子がそこにいるだけで幸せ」
という気持ちが出てきました。
ただ、いるだけでいいんです。
子供に対してそのように思えるようになってくると、今度は、自分の存在についても、
「自分もいるだけでいいんだ、ただいるだけでわが子や自分の周りの人にとって幸福を与えることができるんだ」
という自己認識ができるようになってきました。
生きる意味がどこにも答えがなくても、別に良くなったのです。
わが子がいてくれるだけで幸せだと思えるようになるまで
- 赤ちゃんにどう関わったらいいか全く分からないし、何もわかっていなさそうに見える赤ちゃんに話しかけるのに躊躇してしまう
- 生後5か月ぐらいたったとき、「なんか、このまま刺激を与えなかったらやばい」と気づく
- やばい!と思って、子どもへの関わり方について何かないかネットで調べました。「家庭保育園」という教材を見つけて、その月齢別のプログラムを子どもに対して行いました(絵本を読んだり、体を動かしたり、いろいろです)。あとは、『語りかけ育児』という本も、月齢ごとに子どもの発達がわかるし、声のかけ方、遊び方なども載っていたので大変参考になりました
- そうしてわが子に対していろんな関り方を学んで接するうちに、自分が手間や時間をかけた分だけ、子どもは反応してくれると手ごたえを感じました
- 2歳を過ぎたころから色々お話ししてくれるようになって、子どもの考えていることがわかるようになって、「子どもがママをどんなに大好きであるか」というママに対する無条件の愛を実感
後追いが激しいころは、
「トイレぐらい一人で行かせて~」
と思いましたが、ほんとにママのことが大好きでしょうがないんだな、ということが分かってからは、ママのことをそんなに好きでいてくれてありがとうと感謝の気持ちでいっぱいです。
いたずらするときや、うまく伝えられなくて私を叩いてくる時とかは、
「本当にや~め~て~~~~!!」
という気持ちになりますが、困ってしまうところも含めてわが子が好きです。
子どもをどのように育てたいか
私自身があまり幸福感を感じられない人になっていたので、
そうならないように子供は絶対に幸せを感じられる人になってくれたら嬉しいという気持ちです。
今となっては死にたい気持ちになって生きる意味を探していたことや親への憎しみ、対決は、子を幸せにしたいと思えるようになるための布石だったのだと解釈することができます。
毒親からの毒は連鎖すると言われているので、これからも自分の行いに注意しつつ育てていきたいと思います。