こんばんは、るーるーです。
わが子はそろそろ4歳。そして、最近何か嫌なことがあるとすぐに「ママなんかいらない」「ママ嫌い」などと言います。
今回は、そのことで父に聞いてみたら、また勉強になることがあったのでメモしたいと思います。
父に聞くまでは「ママ嫌い!」にどうしていたか
わが子:「ママなんかしーらない」「ママ嫌い」「ママなんかいらない」「一人だけで部屋にいるもん」
なんて言われると、つい
私:「じゃあママもしーらない」「はいはい」「わかったよー」「そうかい」
なんて言ったり、心の中で思うことは「なんでそんなこと言うかなー」「勝手にすれば」「悪いのはそっちでしょ」とイライラしてしまっていました。
そしてそのまま放っておくと、泣き出してますます「ママなんかーーー!!!」と叫びだすのです。
「ママ嫌い!」にイライラしてしまうのはなぜか
1.自分の子ども時代と比べてしまい、不公平感を感じる(無意識)
「私の母に比べたら、こんなに頑張って愛情伝えてるのに」
「私の母よりは、私の方が全然ましなのに」
「私はそんなことで泣かなかった」
「私は親にそんなこと言ったことないのにどうしてそんなことが言えるんだろう、あなたの気持ちはなに?」
私も子供のころにはたぶん親に対して同じ気持ちだったのかもしれません。
だけど、そんな気持ちは封印してしまってもうわからない。
そのことを考えようとすると、思考がストップしてしまうような感覚がある。
2.子育てに自信がないし、どうしたらいいかわからないという無力感
自分の子育てに自信が持てないから、「私のやり方が良くなかったのかもしれない」「私のせいかも」と罪悪感を持ったりして、自分の気持ちをコントロールできなくなってしまうパターンが多い。
「私がなんとかしなくちゃいけない」
「だけど、どうしたらいいのかわからない」
という無力感が辛い。
自分は親に対してどんな悲しい気持ちを持っていたんだろう
これを思い出すのは、思考のストップも感じてなかなか進まないことが多いので、この機会にじっくり考えてみたいと思います。
私の母は怒ってばかりいる印象でした。何か私が不具合を訴えても、それが命に関わることでなければ真剣になってくれないような。
「そんなの大したことない」「んもうーー!!」
とにかく感情の起伏が激しく怒り方もとっても感情的だったので、私は母には不具合を伝えないようになっていったと思います。
それに、母の怒り方が激しすぎると、子どもだった私は「ああ、この人に言っても無駄だな、自分のことで頭がいっぱいみたいだ」と自分の感情を出すことを諦めるようになりました。
今でも、自分のことで頭がいっぱいだということは私の母は変わっておりません。
私は何か面倒なことがあると、すぐに放り投げたくなるような、もうどうでもいいやと諦めてしまいそうになる時があります。この時のあきらめてる感覚が、子ども時代の私のあきらめ感に似ていると感じます。
本当は子ども時代の私は母のことが好きだったのかもしれません、母が言うには「お母さんがMおばちゃんにけなされてるとき、るーるー(私)がMおばちゃんに、うちのお母さんはそんなことない!とか怒っていたよ、それが嬉しかったなあ」こんなエピソードがあったそうです。
それに、私が小学校の時描いた絵に、母と私がニコニコ顔でお料理をしている絵がありました。(小学校で親子でケーキ作りの行事があったこと)
だけど、そういうのは幼い時のことであって、今は母のことが好きだったことなど信じられないぐらい、母は自分のことしか考えてないように感じています。
「私ってお母さんにとっては迷惑なのかな」
「私のせいでお母さんは怒るのかな」
「お母さんは私のこと好きじゃないのかな」
「仕事と家事で全然幸せそうじゃない、ただこなしてるだけ」
私はおばあちゃんがけっこう面倒を見てくれていたし、父が人の心に配慮してくれる人なのでなんとかなっていると思います。
だけど、やっぱりお母さんが嫌なことしかない!みたいに生活しているのは、こどもとしては悲しいですね。私がいることはお母さんにとって何もプラスになっていない、という感じがして。
「自分がいることによって、お母さんに喜んでもらいたい、だけどお母さんはそうじゃないみたい。だから悲しい。自分という存在の無意味さを感じてしまう」という気持ちに尽きるのかなあ。
父からのアドバイス
まず、子どもが「ママ嫌い」と言ったり、悪いことをしてたら、それはかまってほしいサインだ
「ママなんかいらないもーん!」「ママなんかしらなーい!」と言ったり、叩いたり、何か親が困ることをわざとするという時は、親にかまってほしいサインなんだよ、と父は言っていました。
なるほど、確かにそうかもしれない。
父:「そういう時は、ぎゅーっとしたり、こちょこちょー!!としたり、とにかく寂しい気持ちを満たしてあげることだよ」
私:「でも蹴ったり叩いたり、やめてほしいことは、そういうことされるとママ嫌だな、って言っていいの?でも、そういうと機嫌悪くなるんだよね」
父:「やめてほしいことを伝えるには、何も直接自分が困るってことを言わなくてもいいんだよ」
子どもに叩かれたり嫌なことされたらどうするか
1.その子が尊敬している人や物を引き合いに出す
ママやパパがいつも悪者になる必要はない、と父は言っておりました。
自分だけでなんとかしようとするんじゃなくて、他の人を話に出して説得するのはいいよーって。
「じいじは、足向けて寝られたら怒ると思うよー?」
「夜に、こびとさんが、この辺においてあるものは持って行っちゃうんだって!だから、持っていってほしくないものは片づけた方がいいよね!」これは、片づけに効果てきめんです(現在4歳のうちの子には)。
「プリキュアだったら、こういう時は叩いたりしないよね!プリキュアだったらこうするかもね!」
などなど。
2.寂しいんだな、満たされてないんだと理解して、思いっきりかわいがってあげる
まず、かわいがるってことがあまり理解できていない私ですが、父が言うことにはこんなのがありました。
・「どれどれー!」と言ってぎゅーしたり、こちょこちょしたりする
・「かまってほしいんでしょー」と体を使ったダイナミックなふれあい遊びをする
なるほどー、納得。
そして、ふれあい遊びがなかなか思い浮かばないので、最近ほしいなと思っている本があります。
まとめ:叱る方法以外で、子どもが受け入れやすい伝え方をする
それがだめだということを伝える手段は「叱る」「説教する」以外にもある
だめだって伝えるには、叱ったり、ダメだよって言ったり、冷静に説明したりする以外にもやり方があるということに、私はびっくりしました。知らなかったです、そんなやり方!だから父に聞いてよかった。
父は、だめだということを伝える手段をいろいろ知っていたんですね!
相手が嫌な気分になってしまったら、そのことについてはごめんねって言う
私は今まで、悪いことしたら怒られても当然だろー!みたいな感じでした。母もそうだったのですが、私は母のやり方が浸透してしまっていたのですね。
悪いことをして、責められても文句言えないでしょ!みたいな感じで今までやっていました。子どもにも夫にも。
だけど、相手が悪いことをしたときでも怒ってしまって相手を嫌な気分にさせたら、そのことについては謝る姿勢があった方がいいと、父は言っていました。(これは、子どもだけにでしょうか?大人にも通じると思いますが、父は大人に対しては、歯に衣をきせず、ストレートに喧嘩腰で言っていたと記憶していますが(笑))
相手を嫌な気分にさせないように、ダメだということを理解させたほうが結局のところ、早く問題が解決する
確かに、考えてみれば、
叱る→相手が嫌な気分になる→反抗されるor意地になる
というパターンの方が多いです。夫を見ていると。
でも、相手がすーっと受け入れられる言い方をしていたら、早くいい方に向かいそうですね!
なんだか、悪いことをした相手の気分を害しないように言うなんて、こび売ってるみたいで以前は嫌だったのですが、そうした方が早くいい方に向かうなら、その方が自分にとってもプラスになりますね。
まさに、「情けは人の為ならず」ですね!
子育てを通して、人生に大切なことが色々わかってくるので、子育てはありがたいですね。子どもを通して、自分をアップデートさせていくことができるのです。(アップデートにはそれなりの苦労がありますがね^^;)
コメント