生きる意味は、相手と自分の存在を喜び過ごすことだと思う

こんばんは、るーるーです。

今の私にとっては、

生きる意味は、相手と自分の存在を喜び過ごすことだと感じています

子が2歳になるまでは、けっこう子どもと過ごすことが辛く感じていた私・・

でも2歳を過ぎ、色々経験していく中で、子どもの存在を受け入れられるようになってきて、とても幸福な気持ちを感じるようになりました。

このように私が変わった理由を考えてみますと

  • たくさんの子育て本を読んだ
  • 子育てを支援してくれる場所で子どもとどう接したらいいのか、どう遊んだらいいのか支援してくれるスタッフのやり方を見て学んだ。あっこうやるのか!これでいいのか!と。
  • そこで出会った素晴らしい親子(保育士さんで、子育てを楽しみ、毎日を楽しんでいる人)と友達になり、話を聞いてもらったり聞いたりしているうちに。
  • どうやればいいのかわからないときは、誰か専門の人に聞く。保育士さんとか、保育士さん育成の大学の先生とかに聞くととてもいい感じ。保育士さんは、いろんなやり方の人がいますが・・。保健師さんにも電話しましたが、私の中ではあまり解決しなかった
  • 子どもが2歳になって、突然話し出したのでコミュニケーションできるようになって、子どものなぜ泣いているのかわからない泣きが減った。
  • 子どもにイライラしているときは、自分が子どもだった時に我慢していたことを子どもがやっている場合がある、というのを本やネットで見たので、自分の中の拗ねている子どもを自分が親になってなぐさめてあげるようにした。「私はこんなに甘えられなかったのに」「沢山甘えていいんだよ。甘えたいだけ甘えていいんだよ。甘えられなくて辛かったね。よしよし。」みたいな感じで。私はすごく子どもに甘えられるのが苦手だったのですが、だんだんこういう自分の中でのやり取りをしていくうちに、甘えられることに抵抗がなくなってきたと思います。
  • 子どもに、どうしてママのところに来てくれたの?と聞いたら、嬉しそうな様子で「だって、ママに会いたかったから!」って答えてくれました。これだけで、めちゃくちゃ嬉しい気持ちになって、それだけでもう十分だ、ありがとう、という気持ちになりました。今までの満たされなかった私が愛で満たされたような、そんな感じでした。会いたかったって言われるだけでこんなにうれしいんですね。子どもが私の存在を喜んでくれているということがわかり、この上なく幸せな気持ちになりました。

どこかにいったり、何かをやったりするということが大事なのではなく、一緒にいる人の存在を喜び、一緒にいる時間を大事にすることが、こんなに重要だったのかと気づきました。

子どもについて、「ママのところに来てくれてありがとう」と感じます。「会えてよかった。かけがえのないあなた、そして私もかけがえのない存在なんだ」と感じます。

そして、そう感じていくうちに、他の誰かについても「かけがえのない大事な存在、大事にされるべき存在」と感じるようになってきました。

子どもや自分をかけがえのない大切な存在だと実感することによって、世界の人の事も大切だと感じるのですね。

生きる意味について、これ以上の答えがあるのでしょうか、今の私にはわかりませんが、今なら私に死が近づいても、「ありがとう、あなたたちと一緒に過ごせてよかった。一緒に過ごした時間がとても幸せだった。私は生きて、この答えを探していたんだ。」という気持ちで死んでいける気がします。

毎日の一瞬一瞬を大事に、相手との時間を大事に。自分がどうやって過ごすか、何を選んで食べるのか、大事に決めること。

私の子ども、すべすべの肌で、キラキラした目で、可愛い髪で、可愛い声で、歌ったり踊ったり、挑戦したり甘えたり泣いたり、生きていることに感謝しています。

夫についてはけんかもまあありますが、最近私の夫に対する見方が変わってきて、「あなたもかけがえのない存在。弱い部分やできない部分もあるけれど、子どもと遊んでくれたり、家族との時間を一緒に過ごしてくれてありがとう、夫になって家族になって一緒に過ごしてくれてありがとう」という気持ちになってきてます。

なんだかとても不思議な変化なんですが、今までは、生きていることは当たり前で、ありがたくもなかったのですが、今は、生きて、一緒にいる相手も生きていること、それだけですごく奇跡のような、本当に偶然の出会いで、出会った人が自分の人生の部分部分になっているような感じがするんです。

やっぱり、私が変われた一番の要因は、子育てでイライラを感じるときに、なんでかなって自分の子ども時代を振り返って、自分をなぐさめてあげたことなんじゃないかと思います。

これがなかなか難しく、時間がかかりましたが、子どもが生まれてこの方法を知ってから、何回がやってみたんです。そしたら徐々に変わってきたと思います。

あとは、子どもから、「ママに会いたかったから来たんだよ」ってものすごい愛を受け取ったからですかね。私の存在が許されたというか、存在が喜ばれているって感じましたからね。

今日はこのへんでノシ

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